極真空手の始祖、大山倍達先生の凄さについて

  • 2017年10月27日
  • 2020年3月23日
  • 武道
  • 736View
  • 0件

こんにちは、yukiです。

今日は近代空手の父、大山倍達先生(以後、大山先生)のことを紹介させていただきます。

知っている方はよく知っている人物ですね。お父さんやお母さん

(今となってはおじいちゃん、おばあちゃんの世代かもしれないですね)に聞くと
「空手バカ一代」という漫画を聞いたことくらいはあるかと思います。

あの有名漫画家によって漫画になりました。

原作 梶原一騎先生 原画 つのだじろう先生 影丸譲也先生の作品です。

原作の梶原一騎先生は「タイガーマスク」や「明日のジョー」、「巨人の星」などの今もなお、名を残す大ヒット作品の生みの親です。

そんな彼が現実に生きている大山先生を見たときに、漫画のような生活をしている人がいるということで話を伺いに行ったことがきっかけだったそうです。

さて、その大山先生の若かったころはちょうど戦時中で、彼もまた軍人として戦いに行くぞ!と思っていたところが、終戦してしまったところから話は始まります。

終戦後、彼は用心棒として自分たちの地位を利用して好き勝手に暴れている米軍の兵士を空手で倒していたそうです。

やり遂げるために片眉をそり落とす!

ですが、途中で自分の空手を磨くために空手道を追求し始めました。

まずは、自分が強くならなければならないと山籠もりを行ったそうです。

昼は自分で独自に考えたオリジナルのトレーニング、夜は獣やそうでない何かの様々な声や音が常にしていたそうで人肌も恋しく、非常に怖く辛いものだったそうです。

途中で下山も考えたそうですが、「途中で投げ出すのは男ではない!」と逃げたくなる気持ちを抑えるために片方の眉毛を全部剃って挑んだそうです。

こんな格好のつかない姿で人前に出るなんてできないと自分に言い聞かせ、無事山籠もり修行完遂したそうです。

下山後、大山先生は今の自分の実力を試すために空手の大会を出場することにしました。

ですが、その大会の中で今までの空手に疑問を感じ始めます。当時の時代は寸止めを基本とした伝統空手がほとんどでした。

(めでたくこの伝統空手は2020年の東京オリンピックで初めてオリンピック競技になることができました。)

厳しい組手の攻防の中で強豪空手家の攻撃が大山先生に当たってしまいました。

ですが大山先生の顔からは出血どころか怪我もダメージもほとんどなかったそうです。

この一件から「空手は一撃必殺なのでは?」、「当たってしまうと危険な空手だから寸止めなのでは?」と空手の根本に疑問を感じ、実際に当てることを前提にした直接打撃制空手というルールのもと自分の道場を作り上げていきました。

まとめ

今回は近代空手の父、大山倍達先生が自分の道場を持つようになる経緯を書かせていただきました。

自分の心が負けそうなとき、あえて自分を奮い立たせるために片眉をなくすというのは驚きですね。

どのような形であれ自分のリスクを受け入れて、前に進もうとする人間の気持ちは非常に強いものだと感じますね。

また、自分が必死に追いかけて求めてきたものが自分の求めいていたものじゃなかったと気づいたときは誰でも辛いものですね。

その後、不満を持ちながらその場にとどまるのか、新しい何かを作り出すのか、これは個人個人で違うかと思いますが、何もないところから新しいものを作り出そうとする考えや気持ちは見習うところがあるかもしれませんね。

それでは、今回は以上となります。

最後までご覧いただきありがとうございました。また次回の偉人ブログでお会いしましょう。

 

最新情報をチェックしよう!