美青年天才剣士 新選組一番隊組長、沖田総司

  • 2017年11月20日
  • 2020年3月23日
  • 歴史
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こんにちは、yukiです。

今回は、美青年天才剣士でありながら、新選組一番隊組長という経歴を持つ沖田総司です。

新選組はいつの時代も人気でドラマ、漫画、ゲーム、小説などに必ず主役の作品があります。

その中でも特に人気があるのが沖田総司です。

その剣術の腕前も折り紙付きであり、その上美青年ということもあって、女性からの人気が高いですね。

では、その今もなお語られる彼のことを見ていってみましょう。

新選組での活動

沖田は9歳の時に、江戸にあった天然理心流の道場に入門し内弟子となりました。

そこから彼の才能は開花し、塾頭となった。

新選組の中核メンバーとなる近藤勇、土方歳三とはこの道場の同門でありました。

その実力は土方歳三などの実力者でさえ子ども扱いされ、本気で立ち合いをしたなら師匠の近藤勇もやられるだろうと皆が言っていたそうです。

その腕前は新選組以外のところでも、名が通っていたと言われています。

その後、新選組が結成され、沖田は一番隊の隊長を任せられることとなります。

一番隊は実力のある剣豪が揃っていて、特に重要な任務を常にこなしていたそうです。

若くして、このポジションを確立できるのはやはり沖田自身の実力や人望が伴っていたからでしょう。

有名な池田屋事件のときにも近藤達と共に最初に池田屋に辿り着いたが、このときの戦いの中で喀血をし戦線離脱をしているそうです。

病気により戦線離脱

その後、沖田は体調が悪化し、新選組として第一線での活動することはできなくなってしまいます。

療養するために、鳥羽・伏見の戦いは参加できずに敗戦してしまいました。

そこからは、幕府の医師に匿われながら療養を続けるが、そのまま息を引き取ったそうです。

享年は様々な説があり、24~27歳であったと言われています。

容姿の噂

病気により早く亡くなってしまった天才剣士と、とてもドラマ性があることから創作作品によってさまざまな演出が入り、剣が非常に強く明るい性格の色白病弱の美青年として書かれたそうです。

沖田の容姿については肖像画が残っているが、沖田の姉が孫を見てどこか総司に似ていると言ったことから、彼をモデルに描かれたもので本人のものではない。

容姿に関する情報としては、美青年であったとは書かれておらず、ヒラメ顔で笑うと愛嬌があり色黒、肩の張り上がった、猫背、長身と書かれたものが残っていて、美青年説を否定する意見もあるのだそうです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

今回は天才美青年剣士、沖田総司について書かせていただきました。

彼に関しては、様々な情報があり、多くの作品の演出によるイメージが強く、それが独り歩きしているような印象ですね。

ですが、剣の実力に関しては間違いなく本物でしょう。

彼のことを調べると実力に関する話題は非常に多く出てきます、若くしてそれ程の腕前があったからこそこれだけ語り継がれたのでしょう。

また、美青年の話は本当だったのか、分からないような記述が多かったですが、これだけの美青年と伝わっているので、きっと美青年ではあったのではないでしょうか。

今回はこれで以上となります。

最後までご覧いただきありがとうございました。また次回のブログでお会いしましょう。

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